10 −フィガロをどのように評価されますか?
「フィガロは、いま見ると意外と好きです。なおオープンカーにするために重量がかなり重くなったということもあってターボエンジンがのっていますので、今でもかなり走ります。特にインテリアデザインは初期の提案が残っているようにも思います。イギリスには特に熱烈なフィガロ・ファンがいて、エリック・クラプトンやオアシスのノエルも乗っていると聞いています。ミニ・ダイムラーのようなところがあるのでしょうか?最終的にはフィガロは清水潤さんがデザインされたようなものだと思います。」
11 − ご存知の通り、92年にバブル経済が崩壊し、日本は長期不況に陥ります。つまり、パイクカーの登場はバブル期と時代が重なっていますが、そこに何か因果関係があったと思いますか?また、坂井さんご自身の活動とバブル経済は関係があったとお考えになりますか?
「70年代に効率的、合理的、機能的という、3つのキーワードで価値観が説明できる工業化社会が終わり、脱工業化社会(ポストモダン)が始まっていました。つまり工場やメーカーなど生産者側の都合だけでは、新しい消費にコンシューマは心が動かなくなっていました。わかりやすく言うと、従来型のプロダクトアウトの手法が限界を迎え、本格的なマーケットアウトの時代がやってきました。つまり、バブル期の「時代の気分」をもっとも肌で感じていたWATER STUDIOの20代〜30代のスタッフがもっとも欲しいものを作れば売れると確信していました。実際Be-1の中古車は発売後二ヶ月で本来の価格の130万円は、2倍を超え300万円で売買されていました。「欲しいものが欲しい」「買えないものが買いたい」というのは、バブル経済を象徴するキャッチコピーでした。そういう時代の象徴がエモーショナル・リッターカーというキャッチコピーを与えたBe-1でした。」
12 − 90年代はプロダクトデザイン界も元気がなく低迷しました。坂井さんのご活動にも、こうした時代背景は影響がありましたか?
「そうですね。僕も自動車はラシーンで一息つきました。そして従来からのデザインのパートナー山中俊治さんに加え、当時20代半ばで来日したグエナエル・ニコラとの協同が増えていきました。彼らの世代のプロダクトデザイナーはパソコンへのスキルが高く、インターフェイスやインターラクションという概念を常にデザインに持ち込みだしました。柏木博さんの言うインマテリアル・デザインの時代の到来です。つまり、モノと人間、社会と人間、情報とデザイン、テクノロジーとアートなどを語り出しました。80年代のようにはモノ(マテリアル)だけの価値では新しいモノが作れなくなっていました。時代は本格的なインターネット社会が目前に迫っていました。具体的に言いますと、クルマは既に移動体の端末であり、リアル・コミュニティーである地図上の移動とともに、カーナビや携帯などを使いエレクトニクス・コミュニティーというネットワークの中も移動しており、パラレルな二重のネットワークを移動しているわけです。そこで情報化社会とプロダクトという、新しい課題を背負うことになりました。」
13 − 長い低迷が続いて、今世紀に入ると今度は空前のプロダクトデザインブームとなりました。中でも深澤直人さんのタカラの+−〇(プラスマイナスゼロ)に代表されるパイクカーのコンセプトに近い商品が次々に誕生しています。こうした傾向をどのように見てらっしゃいますか?
「深澤直人さんとは1991年に、当時彼が在籍していたIDEOのビル・モグリッジの紹介でサンフランシスコで、はじめてお会いしています。当時も今も優秀なデザイナーですが、僕と共通していることは、何かユーモアがあって人にサプライズを与えたいと思ってプロダクトを作っているところですね。僕自身がパイクカーのコンセプトに近い商品という見方を、+−〇(プラスマイナスゼロ)などに感じたことはありませんが、我々が80年代に起こしたデザイン・ムーブメントが文明の遺伝子(ミーム)のように、つぎの世代に継承されているとしたら嬉しいことです。そして、企業の時代から個人のデザイナーが名前を出せる時代は、デザイナーにとってもコンシューマにとっても解りやすくいい時代ではないでしょうか?」
14 − また、注目すべき若手プロダクトデザイナーも続々と誕生しています。つまり、プロダクトデザイナーの個性や哲学がようやく価値を認められはじめたと考えられますが、坂井さんのご見解をお聞かせ下さい。
「佐藤卓さんや、岩崎一郎さんなど、あげるときりがないのですが、彼らの能力はまずクライアントの抱えている問題を理解する力があることです。そして十分なインタビューを行いクライアントの欲望を理解し、自身の言語と価値観を持ち相手に的確に伝えることができる論理性もあります。そしてクライアントの問題への具体的な回答が、彼らの生み出すデザインであることです。」
15−さて、日産の話に戻りますが、ゴーンさんの登場で経営危機も脱出、2代目キューブや3代目マーチなどがデビューしました。坂井さんはどのように評価されますか?
「今の日産は中村史郎さんとカルロス・ゴーンさんが直接コミュニケーション出来ることが結果的にデシジョンを早め、いい結果をもたらしていると思います。悪いときの日産はデザインが萎縮していました。しかし、今の日産デザインは思い切りがよく迷いが見られません。2代目キューブや3代目マーチは、いい意味で日本的で好きなデザインです。当時のパイクカーという我々が残したデザインの遺伝子が生きているようにも思います。またそうであれば嬉しいことです。」
